エトノスシネマ

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特集FEATURE

2021.01.28

特集:アフリカからみる映像人類学の縁(エッジ)

カメラを持たない調査者はいないと言われるほど、人類学や民俗学のフィールドワークではカメラによる記録撮影が当たり前に行われています。とりわけ映像人類学者たちは、映像でなければ捉えきれない、カメラでしか肉薄できない世界のありようを表現しようと取り組んできました。

特集「アフリカからみる映像人類学の縁(エッジ)」では、アフリカをフィールドとする3人の映像人類学者の代表作をお送りします。

【シネマ館】  ラリベロッチー終わりなき祝福を生きるー』(2007年/30分) 
【シネマ館】  『jo joko』 (2012年/61分) 世界初配信 
【シネマ館】  『トホス』(2018年/28分) 世界初配信 

《特集:アフリカからみる映像人類学の縁(エッジ)》予告編

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なお『トホス』の配信収益は、監督の意向により撮影地に還元されます。

■『ラリベロッチー終わりなき祝福を生きるー』(川瀬慈監督)

エチオピア高原北部を移動しながら街の人々に祝福の歌を与える吟遊詩人夫妻をカメラが追いかけます。映像には、放浪の芸能者に対する街の人々の親しみ、侮蔑、羞恥など、さまざまな感情が映り込みます。そこにはカメラを向けている異邦人の調査者である川瀬自身の存在も分かちがたく刻み込まれています。「カメラの前の現象はあくまで撮影者である僕と被写体の人々との相互行為のなかに生起するのであり、制作者の存在、主観を排除した記録など当然のことながらあり得ないのだろうと考えるようになった」(川瀬2020、pp.222)と述べるように、吟遊詩人ラリベロッチは、カメラの前で交錯する様々な視線のありようをも、絶妙なジョークへと包みこみながら、ユーモラスな歌唱へと昇華させていきます。したたかな芸能の力がストリートに姿を現します。

日本ナイル・エチオピア学会第19回高島賞
(エチオピアにおける民族誌映像制作ならびに上映活動に対して)
エチオピア高原で、家々を祝福して廻るラリベロッチの夫妻。

『エチオピア高原の吟遊詩人』には「ラリベロッチ」撮影当時のエピソードが収められている。(川瀬慈著、音楽之友社、2020年)

■『jo joko』 (分藤大翼監督)

カメルーン共和国東部州の熱帯雨林に暮らすBaka(バカ)という人々の食べ物を通して、彼らの狩猟採集という生き方を描いた作品。その日に食べるものを手に入れて、分けあって食べるというシンプルなプロセスを、映像の力で紐解いていくと、彼らのいう「良い食べ物(jo joko)」が、良い生き方と重なり合っていることがよくわかります。本作は、撮影や編集といった映像制作の技法が、世界を理解するための方法に大きな変化をもたらすことがわかる意欲作です。分藤は映像について、「筆者は調査の時とは異なる目で、『何か』を見出しては撮影していたことがよく分かる。青い空や赤い地面をいくら見つめても論文は書けないが、そのような風景も熱心に撮影している。ほとんど直感的に撮っているものの、人々がどのような風景のなかで生きているのか、その雰囲気を捉えようとしていたのである。その時、筆者は調査者としては持ちえなかった『まなざし』を確かに獲得していた」といい、カメラを通してみる世界が、調査者のまなざしとは異なることを述懐しています。「カメラの前では、時々思ってもみないようなことが起こる。些細なことが奇跡のように思えてくる」(以上、分藤2006、pp.114より)作品です。

UNESCO南東ヨーロッパ無形文化財保護地域センター特別賞
食事の準備。良い食べ物は、良い生き方と重なっている。

『フィールド映像術』はフィールドワークにおける様々な映像実践についてまとめた数少ない書籍のひとつ。(分藤大翼/川瀬慈/村尾静二編、古今書院、2015年)

■『トホス』(村津蘭監督)

西アフリカのベナン共和国で、トホスという神格を宿した男性の暮らしを追った作品。障がいをもつポールは、仕事をせずに村を一日中散歩しています。村人は、ときにポールをからかい馬鹿にしながらも、ときに神として畏れ敬います。村津のカメラはポールに寄り添いながら、聖性と俗性が入り混じった村の世界を見つめます。日本の仙台四郎のような実在の「福神」を彷彿とさせるこの興味深い存在は、伝統社会における障がい者の位置付けを示し、私たちの社会にも鋭い示唆を与えます。ポールや村人に親しみを持って接する村津のカメラはやさしく、長年のフィールドワークで培われた心地いい距離感によって映像が紡ぎ出されていることがわかります。人間を撮るということの、大切な基本を思い出させる作品です。

第1回東京ドキュメンタリー映画祭 短編映画部門 奨励賞受賞
 “トホス神”として村人から敬われるポール

■映像人類学の先へ

近年、映像人類学者たちは、さまざまな映像実践に加え、詩作、小説などのアートの世界にフィールドを広げ、アカデミックな文体からこぼれ落ちてしまう、世界の豊かさを描き出そうと試みています。今後、ますますの活躍が期待される映像人類学者たちの代表作をどうぞご覧ください。

【参考文献】
川瀬慈2020 『エチオピア高原の吟遊詩人』(音楽之友社)
分藤大翼2006 「『他者』としての私を撮るーカメルーン、森の民とともに」『見る、撮る、魅せるアジア・アフリカ』(新宿書房)


『あふりこーフィクションの重奏/遍在するアフリカ』には川瀬・村津らによる詩、小説、写真が収録されている。(川瀬慈編著、村津蘭共著、新曜社、2019年)